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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17082号 判決

原告

後藤博

右訴訟代理人弁護士

野村宏治

被告

島崎貴美子

柴田江利子

右被告両名訴訟代理人弁護士

吉野末雄

右訴訟復代理人弁護士

吉野純一郎

主文

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  申立て

一  請求の趣旨

1  主文と同旨。

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  被告島崎貴美子(以下「被告島崎」という。)は原告の実妹であり、被告柴田江利子(以下「被告柴田」という。)は被告島崎とその夫島崎一夫(以下「一夫」という。)との長女である。

2  原告は一夫に対し、昭和五三年一月、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を木造建物所有の目的で使用貸借する旨合意し、これを引き渡した。

3  一夫は、その直後本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本家建物」という。)を建築して所有したが、平成三年五月二九日死亡したため、被告らが相続によりその所有権を取得した。

4  一夫の死亡により、民法五九九条の規定に従い本件土地の使用貸借は終了した。

5  仮にそうでないとしても、

(一) 本件土地の使用貸借については、次の事情により、使用収益をなすに足るべき期間を経過したというべきである。

(1) 本件土地の使用貸借は、親族関係に基づく恩恵的なものであり、被告島崎一家の居住を目的としたものであるところ、現在においては、借主である一夫はすでに死亡し、娘の被告柴田は結婚して夫の社宅に居住しており、結局、本件建物には被告島崎ただ一人が居住しているにすぎない。

(2) 一方、原告は、永年東京都に奉職してきたが定年により退職し、現在では老後の生活設計とあわせて相続税の対策をとる必要に迫られている。そこで、本件土地を含む原告の所有地(以下「原告所有地」という。)全体を更地とし、その跡に五階建程度の自宅用住居、賃貸用共同住宅、店舗を新築し、その賃料収入をもって建築資金の返済をなしつつ自らの生計を維持していく計画を立てている。しかるに、本件土地は、道路側に面し、原告所有地への入口の相当部分を占めているため、原告の計画する建物の建築にとって致命的な位置にあり、返還を求めざるを得ない。

(二) 原告は被告らに対し、平成五年三月二六日ころ、本件土地の使用貸借契約の解約を申し入れた。

6  よって、原告は被告らに対し、使用貸借契約の終了に基づき、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は否認する。

昭和五三年に成立した本件土地の使用貸借の借主は、一夫及び被告島崎である。更に、昭和六一年六月上旬、原告と一夫及び被告島崎との間で、本件土地について賃料一か月三万円とする賃貸借契約を締結した。

3  同3項は認める。

4  同4項は争う。

被告らは相続により本件建物の所有権を取得したものであるから、一夫の死亡により本件土地の使用収益の必要性が失われるわけではなく、使用目的という点からみても、原告は一夫とともに被告らが家族として居住を確保するためにその使用を許したものであるから、任意規定、補充規定である民法五九九条は当然に適用されるものではない。

5  同5項(一)は否認し、(二)は認める。

建物所有のために借主に建物敷地の使用権を与えた場合には、特段の事由がないかぎり、建物が所期の用途にしたがい使用が終わったのでなければ敷地の返還を請求することができないと解すべきところ、一夫は約一五〇〇万円の多額な費用をもって本件建物を建築し、原告はそれを許したものであって、本件土地の使用貸借の目的は相当の建築費用を要し長期の耐用年数を有する建物所有にあることからすれば、未だ使用収益をするに足るべき期間の経過はない。

理由

一  請求原因1項(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、同2項(使用貸借)について判断するに、甲第三号証、第九号証、第一四号証、乙第一号証の一から一〇まで、第二号証から第四号証まで、第六号証、第七号証の一、第八号証から第一〇号証まで並びに原告及び被告島崎各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  一夫は建設省に勤務する技官であったが、昭和三八年ころ東京に転勤となり、その家族とともに居住する住居が必要になったため、当時原告所有地の東側が広く空いていたことから、原告、被告島崎兄妹の両親がその東北隅に台所と一間のバラックを建築してやり、同建物に一夫と被告ら家族が居住することになった。一夫は、昭和三九年二月、右建物の建築費用として二二万円を被告島崎の母親に支払ったが、家賃や地代の支払はしなかった。

2  昭和四五年暮になって、原告は、原告所有地上の自宅を増築する必要に迫られ、母家の東側に二階建の建物を増築するに際し、一夫とその家族が居住する建物を撤去する代わりに、原告の母家の南西側に接して建てられている離れを一夫とその家族の居住用に提供することになった。そこで、一夫は、自己の費用でその離れに玄関や台所等を増設し、母家との渡り廊下を撤去するなどの増改築をして、被告ら家族とともに居住した。この転居後も一夫は原告に対して家賃や地代は支払っていない。

3  一夫と被告島崎は原告に対し、昭和五三年三月ころ、その居住する建物が老朽化して床の根太が落ちたので、費用は自分の方で出すから建て替えさせて欲しいと申し入れ、原告もこれを了承した。そこで、一夫は、旧建物を取り壊して、ほぼその敷地部分(本件土地の部分)に約一五〇〇万円の費用を投じて木造二階建の本件建物を建築し、被告ら家族とともに居住した。本件建物については、昭和五四年一月一八日受付をもって一夫のため所有権保存登記が経由されている。なお、本件建物を建築するに際し、一夫から原告に対して権利金等金銭の授受が行われなかったことはもとより、その後地代の支払もなされていない。

4  一夫は、昭和六二年六月ころから原告所有地のうち本件建物の北側部分の空地にコンクリートを打って自家用車を駐車するようになった。これを知った原告が一夫に対し、駐車料として三万円を申し付けたところ、一夫は、以後毎月三万円を支払うようになった。ところが、右三万円は、一夫が死亡した平成三年五月を最後にその後支払われなくなり、被告島崎は、同年九月ころ、一夫が生前使用していた自動車を第三者に売却処分した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、一夫は原告の実妹である被告島崎の夫という身分関係の下で、本件建物を建築して本件土地を使用するについて権利金や地代等金銭の授受が行われていないこと、本件建物の建築費用は一夫が出捐し、一夫名義で所有権保存登記が経由されていることなどからすれば、原告は一夫に対し、本件土地を木造建物所有の目的で使用貸借したものと認められる。

被告らは、昭和六一年六月上旬、原告と一夫及び被告島崎との間で、本件土地について賃料一か月三万円とする賃貸借契約を締結した旨主張し、被告島崎本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分があるが、前記認定の事実によれば、毎月三万円の金銭は駐車料として授受されたものと認められるところであり、右供述部分は俄に信用し難く、他に原告と一夫及び被告島崎との間に賃貸借契約が締結されたと認めるに足りる証拠はない。

三  請求原因3項(一夫の死亡と本件建物の相続)の事実は、当事者間に争いがない。

ところで、民法五九九条によれば、使用貸借は借主の死亡によってその効力を失うと規定するところであるが、先に認定したとおり、本件土地の使用貸借は一夫と被告ら家族の居住を確保するために行われたものであること、借主は一夫であるとはいえ、妻が原告の妹であるという関係から無償の使用貸借を得られたのであり、いわば被告島崎を介して使用貸借をするに至る特別な関係が成立していることなどの事情を勘案すれば、本件土地の使用貸借については右条項は適用されないと解するのが相当である。

よって、請求原因4項(民法五九九条による終了)の主張は採用できない。

四  次いで、請求原因5項(民法五九七条二項による終了)について検討するに、甲第九号証並びに原告及び被告島崎各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  現在、被告柴田は結婚して夫の社宅に居住しており、本件建物には被告島崎一人が居住している。

2  原告は、永年東京都に奉職してきたが、昭和五八年六月に中央区助役を最後に退職した。その後、老後の生活設計とあわせて相続税の対策を講じる必要から、原告所有地全体を更地とし、その跡に五階建程度の自家用住宅、賃貸用共同住宅、店舗を建築し、その賃料収入をもって建築資金の返済をなしつつ自らの生計を維持していく計画を立てた。ところが、本件土地は、道路側に面し、原告所有地への入口の相当部分を占めているため、その返還を求めて原告所有地を一体として利用しなければ同計画を実現し難い状況にある。そこで、原告は被告島崎に対し、平成四年七月ころから右計画への協力を求めて本件土地の明渡しを要求し、その代償として一〇〇〇万円程度の金銭の支払や新たに建築する建物の一室を住居として提供するなどの条件を提示したが、結局、被告島崎の容れるところとならなかった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実に加え、先に認定した本件土地の使用貸借に至る経緯やその期間、更には借主である一夫がすでに死亡したことなど本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、なる程使用貸借の目的である本件建物はなお現存し、現に家族の一人である被告島崎は引き続き居住しているとはいうものの、すでに使用収益をなすに足るべき期間は経過したものと解することができる。

そして、原告が被告らに対して平成五年三月二六日ころ本件土地の使用貸借契約の解約の申し入れをしたことは、当事者間に争いがないから、これにより右使用貸借契約は終了したものというべきである。

五  そうすると、原告の本件請求は理由があるから認容し、なお、仮執行宣言の申立ては相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官萩尾保繁)

別紙物件目録

一 所在 東京都世田谷区三軒茶屋一丁目

地番 二二番一

地目 宅地

地積 461.07平方メートル

(実測面積491.48平方メートル)

右土地のうち、別紙図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、イを順次直線で結んだ部分(66.39平方メートル)

二 所在 東京都世田谷区三軒茶屋一丁目二二番地一

家屋番号 二二番一の一

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 46.27平方メートル

二階 46.27平方メートル

別紙図面〈省略〉

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